2011年7月21日木曜日

法務部廉政署

2011年7月20日、台湾の法務部に廉政署が設置された。同署の設置は1980年代から議論があった。馬英九総統自身は就任以前、同署の設置には慎重な態度を示していた。しかし、馬英九政権の成立後、陳水扁前総統の汚職疑惑や裁判所、台中市警察などでの腐敗などが注目されことで、設置が推進された。同署は公務員の汚職を取り締まる役割を担う。

もともと法務部には政風司があり、廉政署はこれを改組したものである。台湾政府では各機関の中に政風組織が設けられている。廉政署はこれらを束ねつつ、その他の政府機関、市民からの通報も受けつけ、さらに独自に調査も行い、汚職の有無を監視、捜査を行う。

「司」は、日本で言えば内局にあたる。一方、「署」(および口述する調査局などの「局」)は外局にあたる。ただし、日本では内局が行うような業務を署や局が担うこともあり、必ずしも、その地位が低い訳ではない。今回の廉政署設置もむしろ、汚職対策の必要性から組織が拡充されたという意味合いがある。

廉政署はしばしば、香港の廉政公署やシンガポールの汚職捜査局と比較されやすい。台湾では汚職が深刻なことから、 世論にも同様の機関の設置を望む声が高かった。しかし、廉政署はこれらと比べて、幾つか大きな違いがある。

第一に、廉政署は独立機関ではなく、政府機構内における位置づけも高くない。香港の廉政公署は政府トップである行政長官の直属であり、シンガポールの汚職捜査局も総理府に所属する。しかし、台湾の廉政署は総統府あるいは行政院ではなく、さらにその下の法務部の一行政組織に過ぎない。

第二に、廉政署には起訴権限がない。香港の廉政公署は捜査だけでなく、独自に起訴する権限を与えられている。しかし、台湾では検察のみに起訴権限があり、廉政署には起訴権限がない。ただし、廉政署の案件を専門に扱う検察官を配置し、廉政署の駐在させることで、双方の連携と機動性を高める工夫がなされている。(シンガポールの汚職捜査局は台湾の廉政署同様、起訴権限がなく、案件を検察に引継ぐ必要がある。)

第三に、汚職捜査だけを見ても、廉政公署に一元化されていない。
台湾では監察院が政府機関や公務員の不正を糾弾する役割を担っている。監察院は法務部がある行政院(内閣)や国会にあたる立法院と並ぶ機関である。政府内における位置づけは、当然、廉政署よりも高い。とはいえ、監察院も弾劾を決議したあとは、司法院公務員懲戒委員会に送付するのみであり、起訴についても検察に促すことしか出来なかった。
また、法務部内でも廉政署以外に汚職捜査を行う組織が2つある。まず、調査局はスパイやテロの監視、摘発から、マネーロンダリングを含む経済犯罪の捜査を担っているが、汚職捜査も捜査対象としている。また、検察機構の中には最高検察署特別偵查組(特偵組)といって、日本の東京、大阪および名古屋地方検察庁にある特別捜査部に相当する組織がある。陳水扁総統に関する公費流用や汚職疑惑の捜査は、この特偵組が行っている。このように、法務部では廉政署、調査局、検察機構の三つが、それぞれ汚職捜査を行っている。

いずれにせよ、汚職捜査に関わる機構が複雑であるとの印象は否めない。また、組織論として、廉政署がその上位である総統府や五院の廉政組織まで統轄するのは、やや無理があるようにもおもわれる。廉政署駐在検察官の設置は改善にも思えるが、センシティブな案件を扱う際、廉政署と検察の見解が分かれば、この駐在検察官の指揮権が問題になるかもしれない。また、今後も最高検特偵組は存続し続けており、検察との重複ですら、解消されたわけではない。廉政署設置が汚職対策として有効に機能するか、現時点で評価することは難しい。