2011年11月15日火曜日

2011年香港区議会選挙

  2011116日、香港で区議会議員選挙が行われた。香港には地方自治体に相当する行政組織がないものの、18区の地域に分けられ、公営の文化・娯楽施設の運営やその他の地域の問題を討議するために区議会が設置されている。18の区議会の選挙区は合計で412区ある。このうち、76区で立候補者が1人だけだったため、投票が実施されず、実際の選挙は残り336区で投票が行われた。なお、区議会には選挙で選ばれる議員他に、政府が任命する議員や新界原居民(イギリス統治以前から住民)の議会組織から選出される議員もいる。
 投票率は41.4%と前回の2007年選挙の38.8%を上回った。これは立法会への区議会選出枠の増加と選出方法の変更や、民主派の内紛などで選挙戦が盛り上がったこと、左派が地域での組織固めを行い、投票を促したことが原因だといわれた。立法会への区議会選出枠については、2012年の次回選挙から1人から6人に増える。そのうち、増加分5議席については選挙で選ばれた区議会議員15人分の推薦を受けた、同じく選挙で選ばれた区議会議員のみが立候補でき、事実上、普通選挙に準じた投票によって当選者を決定するという新しい制度が導入される。このため、今回の選挙は立法会選挙の一部分でもあった。
 各政党の獲得議席数については公的な発表がない。というのも、香港では法律上の政党について定義がない。選挙への立候補に際しても所属政党および政治団体の届出は任意である。そのため、民主建港協進聯盟(民建聯)香港工会聯合会(工聯会)のように提携関係にある政党や団体では、メンバーの二重加入や移動が日常的に見られる。また、区議会では無所属議員が多く、民建連の当選者数とならぶほどである。しかし、その内実は様々で、政党や団体に所属入していることを明らかにしない、あるいは特定の党派にシンパシーを持ちながら、組織活動の参加に至らない候補者もいる。そのため、政党別獲得議席数などを正確に把握することは困難である。表1に示した数字も、参考程度のものとして理解頂きたい。以下の記述は新聞各紙の報道などをまとめたものである。
 左派の民建連工聯会が前回よりも合計で29議席増と躍進した。これは民建聯が各地で地道な組織作りと票固めを行ったためである。民建連や工聯会は左派といっても、中国本土系企業や中国政府よりの地元企業からの献金があるため、豊富な資金力を誇る。これも民建連が組織作りに注力できる背景の1つでもある。一方、民主派は議席を若干減らした。その原因は主に地域コミュニティーレベルでの組織力が不足していることだと思われる。民主派は企業献金が少ない事や、各政党に分かれているため民建連のような地域レベルでの組織作りに注力することが難しい。
 しかし、現地の報道や市民の注目は民主派の内紛に注目が集まり、これが民主派の敗因とする見方もある。急進民主派の社民連と、同党から離党した議員が結成した人民力量は2012年実施予定の立法会および行政長官選挙制度改革について政府と妥協した民主党(参考文献)を批判し、民主派の選挙協力(泛民区選聯盟)への参加を拒んだ。特に人民力量は民主党候補と同じ選挙区で多くの立候補者を「刺客」として出馬させた。しかし、人民力量は1人しか当選者を出せなかった。また、社民連も立候補者全員が落選し、急進民主派は惨敗した。これは急進民主派の所属立法会議員が暴言を吐いたり、物を投げためなどの行為を行ったために議場から退場させられたり、議場外では議員や党関係者が警察に逮捕されるような過激なパフォーマンスを繰り返すなどしたため、理性的な政治運営を望む有権者の反発を受けたためと考えられる。
 この内紛との因果関係は定かでないが、民主党、民主民生協進協会(民協)、公民党、街坊工友服務処(街工)など選挙協力に参加した他の民主派政党も、いずれも議席を減らした。また、2012年立法会選挙において区議会からの選出枠が増えるのを見込んで、現役の立法会議員である、民主党の何俊仁主席や李永達前主席、單仲偕副主席、香港職工会聯盟(職工聯)の李卓人秘書長、公民党の黎広徳副主席、民協の馮檢基、街工の梁耀忠らが出馬した(香港では異なる議会の議員を兼職任することが妨げられていない)。しかし、何俊仁、馮檢基、梁耀忠を除き、その多くが落選した。この原因について、民主派では人民力量の裏切り行為にあるとする見方が強く、民主党や民協、公民党からは選挙後に「人民力量と袂を分かつべき」、「今後は人民力量を民主派と見なさない」などの意見が出た。
ただし、投票結果を見る限り、人民力量の「刺客」が民主党候補の追い落としに成功したのは4選挙区だけである。急進民主派は過激なパフォーマンスや所属議員の議会内での言動が批判され、十分な得票を得られなかった。民主党は前回選挙と比べ12議席減であるが、実は改選前議席との比較では3議席減にとどまっている。これは、選挙改革での妥協に反対した議員が民主党から離反したためである。民主党を離反した議員は新民主同盟を結成したが、今回選挙では民主党と共に選挙協力に参加し、8議席を獲得している。この点を考慮すると、民主党が今回の選挙で大きな打撃を受けたとは言えない。
 民主派において打撃が大きかったのは公民党である。前回選挙との比較では1議席減の7議席だが、改選前議席との比較では5議席減である。原因は同党党員の弁護士が港珠澳大橋(香港とマカオ、珠海を結ぶ海上橋)の環境アセスメント結果に対する異議申し立て訴訟や、これまで法定年数居住しても香港永住権が与えられてこなかったフィリピン人家政婦の扱いを基本法違反とする訴訟に関わり、同党主席の梁家傑や黎広徳副主席もこれを支持する旨の時事評論を発表したためと言われる。特にフィリピン人家政婦に永住権を与えることには、有権者の多くが反対しており、これが公民党候補に対する投票を減らした可能性が高い。選挙後、梁家傑同党主席はダメージの拡大を避けるため、両訴訟を支持したことを謝罪する広告を新聞に掲載した。
 今回の選挙結果では、左派と民主派の資金、組織力の差が現れた。しかし、区議会では民主化など政治的な問題が焦点となりにくく、有権者との接触や地域での組織作りなどが集票のカギと言われてきた。そのため、企業献金と組合や学校関係者の組織力をもつ左派は区議会で強く、民主派には不利であると言われてきた。その意味では、大きな変化があったとは言えない。ただし、今回の選挙結果は次回の立法会選挙にも大きく影響する。擁立出来る立候補者数は各陣営が協調できるかによって変化するが、左派は立法会区議会選出枠の立候補者を10人ないし11人擁立するのに必要な区議会議員を確保したことになる。一方、民主派は4人ないし5人の擁立に必要な区議会議員しか確保できなかった(表1参照)。しかし、次回立法会選挙の区議会選出枠で直接投票が行われるのは5議席分であり、これでも民主派が支持票を取りこぼす可能性は少ない。

参考文献
拙稿「香港における民主化の『再開』—2012年行政長官、立法会選挙制度改革」『アジ研ワールド・トレンド』201010月号(No.187
1 主要政党、党派別区議会選挙当選者数と、擁立可能な立法会区議会選出枠立候補者数(人数)
当選者
擁立可能な立法会区議会選出枠立候補者数
民主派全体
83
6
泛民区選聯盟
82
6
 民主党
47
3
 民主民生協進会
15
1
 職工会連盟
0
0
 街坊工友服務処
5
0
 新民主同盟
8
0
 公民党
7
急進民主派
1
0
 社会民主連線
0
0
 人民力量
1
0
親政府派
178
11
 民主建港協進聯盟
136
9
11
 工会連合会
29
1
 自由党
9
0
 新民党
4
0
他、無所属
151
10
合計
412


出所:「泛民舊將敗陣新晉贏 學者市民盼區議員全職服務」『明報』2011118日を参照し、筆者作成。